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Mamekoko Yomimono

落ち込んでいる人を「励ます」のが、必ずしも正解ではない理由

2026-05-30
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巷にあふれるメンタルケアのノウハウ。「こうすれば良くなる」という言葉が、時には呪いのように自分を縛ってしまうことがあります。 世間でよく言われる「正解」の陰に隠れた、少し意外な視点について考えてみます。

それは、全員に当てはまることだろうか?

落ち込んでいる人を「励ます」のが、必ずしも正解ではない理由。私たちは「これができない自分はダメなんだ」と思い込まされていることがあります。 しかし、心理学や行動の研究(出典:アクティブ・リスニング(積極的傾聴)とバリデーション(妥当性の確認))を紐解くと、必ずしもその方法が万能ではないことが見えてきます。

「正しさ」を目指すあまり、今の自分の本当の声を無視していないでしょうか。

欲しかったのは、正しい答えより“理解しようとする姿勢”だった

最近、アクティブ・リスニングとバリデーションについて読んだ。 アクティブ・リスニングは、相手を理解しようとしながら聴くこと。 バリデーションは、「その感情には理由がある」と否定せず受け止めることらしい。 それを読んで、自分はずっと、“話しても安心できない感覚”の中にいたのかもしれないと思った。 今、パートナーとのコミュニケーションの中で、アクティブ・リスニングやバリデーションがあまり感じられない。 もちろん会話自体はある。 でも、自分が今日あったことや、「こう感じた」という話を少しずつしなくなっている。 話しても、すぐ解決の方向に進んだり、説明や正論になったりすると、だんだん自分の感情を出せなくなっていく。 本当に欲しかったのは、“正しい答え”というより、「そう感じたんだね」と、一度受け止めてもらう感覚だったのかもしれない。 そのうち、自分の中で「どうせうまく伝わらない」という感覚が強くなっていった。 でも同時に、自分自身も完璧にできているわけではないと思う。 友人やパートナーの話を聞く時、自分ではアクティブ・リスニングを意識しているつもりでも、バリデーションはうまくできていない気がすることがある。 無意識ではできているのかもしれない。 でも、自分の中には「ちゃんと受け止められている」という実感があまりない。 特にパートナーに対しては、理解してあげたい気持ちはある。 でも、自分の感情もしんどい状態だと、相手の言葉を受け止める前に、「それは違う気がする」「でも自分はこう感じた」という気持ちが先に出てきてしまう。 そして、その反応さえも、 “理解”ではなく、“自分の気持ちの押しつけ”のように感じてしまい、余計に難しくなる。 最近思うのは、アクティブ・リスニングもバリデーションも、ただの会話技術ではなく、 「相手を理解したい」と「自分も理解されたい」が両方必要なんだということだった。 今の自分は、まだうまくできていない。 でも少しずつ、 相手を否定せずに聞くこと、 そして自分の感情も否定せずに言葉にすることを、覚えていきたいと思っている。

自分に合う「心地よさ」を優先する

一般的な正論よりも、あなたの心にストンと落ちる「納得感」を大切にしてください。 「みんなはやっているけれど、私はこうしたい」という静かな本音に、もっと耳を傾けてもいいのかもしれません。

答えを出さずに、いまの気分を置いておく

「今まで正解を追い求めすぎていたな」と気づいたときは、まずはゆっくり休む時間を取ってください。 今の「やりたくない」という気持ちも、あなたを守るための大切なメッセージです。

きれいにまとまっていなくても構いません。「答えを出す」ためではなく、ただ「いまの気分を置いておく」ための場所として、まめここのノートを使ってみてください。

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